おばんです!町田です。
ブログを再開してからの記事の閲覧数順で、なぜか「自己紹介パート2」が一番多かったので、今日は続きを書こうと思います。
後で自分も振り返りたいので、沿革的に書いていきます。
2017年4月 大学進学を機に宮城県へ引っ越してきました
2017年4月に宮城県へ引っ越してきました。
「検察官になるため」という夢を叶えるために地元から離れた大学に進学しましたが、実は「一人暮らしをしてみたい」という思いもありました。
そうはいっても、18年も過ごした実家を離れることは非常に辛く、引っ越した当日は一人部屋で「なぜ実家を出てしまったのだろう」とホームシックになっていました。笑
2017年4月 学友会の柔道部に入部しました
高校時代に柔道部に所属していたこと、当時から「東北大学学友会柔道部」とのコネクションがあったことから、流されるままに入部しました。
高校時代に腰痛に悩まされていたことから、大学ではマネージャーとして入部し、今と変わらずバックオフィス的なことを全般対応していました。
このときから、ホームページの立ち上げ、予算管理(経理的な業務)、寄付金の募集(OB訪問)などを行っていました。
(今思えば、やっていること変わらないなぁ…)
2018年2月 学生ボランティア団体”HARU”に加入しました
柔道部のマネージャー業では勝敗に関われず、自身のモチベーション管理が大変だったことから、自分のやりがい探しのために「東北大学地域復興プロジェクト”HARU”」に加入しました。
当時は、石巻と山元の2拠点で活動していました。東日本大震災のすでに復旧から復興に転換していた時期だったこともあり、主にイベントの手伝いや、復興公営住宅でのお茶会の企画・運営などを行っていました。
2018年8月 復興庁事業「復興・創生インターン」に参加しました
HARUの先輩からの紹介で、山元町で初めて実施された「復興・創生インターン」に参加しました。
関係者の間では「伝説のインターン」と笑われている囁かれているのですが、インターン参加にあたって実施されたWEB面談で私はスーツを着て参加したことをきっかけに、受け入れ団体である「一般社団法人ふらっとーほく」の皆さんからすぐに覚えていただきました。
1ヶ月間山元町に住み込みで、地元の事業者さんにヒアリング&インターン企画の提案を行いました。
「インターンを作るインターン」というマトリョーシカ的な企画で、今思えば、ふらっとーほくらしいなと思います。笑
はじまるしぇメンバーなど、今でも深く関わり合う方々との馴れ初めは、このインターンがきっかけでした。
2019年4月 HARUの山元部門長になりました
2週間に1回くらいのペースで山元町に来ているうちに、山元町部門長に推されました。
その当時は、すでにHARUの活動という垣根を超えて、「町田」として町内で活動しており、平日は柔道部のマネージャー活動、週末などにアルバイトor山元町という感じで活動していました。
インターン時の滞在拠点であったログハウスを勝手に拠点化して、週明けに仙台に戻ったり…、IVUSAの夏プロにも参加したり…、我ながらだいぶ精力的に活動していた時期だと思います。
そして、活動しすぎで溜まった疲労から、手足口病になったのもこの時期でした。
(非常に辛かった…)
2020年4月 山元町で初めての地域おこし協力隊になりました
コロナが蔓延してからは、大学の授業や部活動、アルバイトが軒並み休みになったため、暇を持て余して山元町に頻繁に訪れていました。その頃には、1周間に1回は必ず山元町に来ていたと思います。
その活動を見てくださったふらっとーほくの方々のおかげで、山元町で初めてとなる地域おこし協力隊に就任しました。
当時は、「農家コンサルタント」として、町内の農家や農業法人向けにコロナ関連の補助金申請支援、HPの立ち上げなどのバックオフィス全般の支援事業を行っていました。
(そのときに立ち上げたのがこのブログサイトになります)
大学在学中の協力隊は県内初ということで様々なメディアにも取り上げていただきましたが、関係者にもだいぶ可愛がっていただき、おかげさまで密度の濃い1年を経験しました。
2021年4月 地元に戻り都内のベンチャー企業に勤めました
協力隊の活動前に内定をいただいていた都内のベンチャー企業「GCストーリー株式会社(現・GCホールディングス株式会社)」に入社し、約2年半ほど勤めました。
看板の施工管理を行う業務の中で、社会人マナーやコミュニケーションの取り方、経理の基礎知識などを教わりました。
(大変お世話になりました)
その期間中も、2ヶ月に1, 2回は宮城県・山元町に戻り、協力隊の活動を細々と続けていました。
おわりに
どこまで書くか悩んだのですが、気づいたら更新期限の18時になっていたので、このあたりにしようと思います。深堀りは、またいずれ…。
ちなみに、協力隊当時の活動は、このブログの過去の記事をご覧ください!
(我ながら頑張って更新を継続していました)
